禁則
方法を学ぶより、もしかしたら禁則を学ぶ方が早道かもしれない。それだけにスケーティングには制約が多い。
安易に直感的にやってしまう動作を禁止するだけで確実性は上がるだろう。
転倒
必ずしも転倒のみが失敗ではない。仮にフォローして転倒しなかったとしてもバランスを崩した時点で失敗なのだ。
練習での転倒は、必ずしも悪いものではない。
逆転発想で、転倒のダメージを最少限に止め、転倒すら演技に含め
格好よく転倒するくらいに考えるべきかもしれない。
私は、スケーティングについて、まず転び方から学んだと言っていい。
転倒時の受け身は、スケーティングと同様、力の受け流しが基本となる。
転倒は、恥ずかしいものと考えない方が良かろう。時として痛いけれど。
柔軟性
柔軟性は生まれつきの体の構造や、成長期のトレーニングの影響が大きい。フィギュアスケートで、動作を美しく見せるために要求されるような柔軟性は
正にそれであるが、それ以外でも柔軟性は極めて重要である。
クロス・オーバーや有効なスラスティング動作のために、足首には特殊な柔軟性が必要。
これらは、日常生活にはない可動範囲だが、練習によって多分、誰でも徐々に身につく。
柔軟性が機能的に動作するためには、少なくとも柔軟になった関節を制御する
筋肉も同時に鍛えなければあまり意味がない。
筋力と柔軟さが共に備われば、怪我も防止し易くなる。
柔軟性を獲得するには適度な脱力を考慮すべきだろう。
もしかしたら、ピアニストが小指と薬指を自由に区別して動かせる様に、
異なる筋肉を個別に意識制御する練習が必要なのかもしれない。
多分、柔軟運動と筋力トレーニングは切り離して考えられない。
筋力
激しく、力強い動きをするためだけにあるのではない。安定した演技、柔らかくきめ細かい動きにこそ強い筋力が必要になる。
試行錯誤
既に完成された技は、習得した者から伝授してもらうことができる。しかし、技を生み出したり、より洗練して行くためには試行錯誤が必要だ。
多くの場合、技の成立に必要な要素が最初は分からないものだ。
試行錯誤して、色々変わった工夫をすることによって足場が出来てくる。
行き詰まった時は、今まで習得したものを一旦壊してみるのも手だろう。
それを壊しても、積み重ねてきた個々の産物は部品として残るから
再構築するのもそう困難ではない。
視覚に代わるもの
普通の人は、多くの場合、自分の動作を目で確認して安心する。だから、足元を見るなと言われてもついつい下を見る。
ピアニストが手元を見ないで譜面を見る様に、スケーターは次に進むべき
方向を見て滑るべきなのだ。
そのときは視覚に代わるある種の感覚が頼りになる。
日常にない動き
日常では、歩行などの際に転倒などのリスクを避けるためにスケーティングで主要な動きを避けている。また、逆に
スケーティングに望ましくない動きを日頃行っていることがある。
滑るのは危険なので滑らないようにバランスを取る癖がある。
回転は制御しにくいので大回りしたり平行移動的な動きを取る。
肩と腰は独立して回転させない。
危険を感じると背中を丸める。
スケートを始めてから、日常でもその動きをすることがあるが
バランス能力など身に付けてしまえば、合理的なのだ。
反復練習
宮本武蔵の五輪書や、囲碁の解説書で「生兵法は、大怪我のもと」ということが書かれていた。
どういうことかというと、技や流儀を中途半端に身につけて、頭で考えて
戦ったのでは、実践には通用せず、怪我の元ということだ。
とっさにその動きが出来るまでに鍛練することは、スケートでもとても
大切なことだ。確かな技を得たら繰り返して練習してものにすることだ。
迷いは、動きの破綻であり、スケートでも時として怪我のもとになる。
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